前原辞任で極まった 日本社会の病「過剰コンプライアンス」 ・・・JBpress 池田信夫 

JBpress2011.03.09(Wed)  池田 信夫 日本経済の幻想と真実
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5616

前原辞任で極まった 日本社会の病「過剰コンプライアンス」

前原誠司外相が、わずか25万円の政治献金で辞任した。

 外国人の献金といっても、中学生の頃からつき合いのある在日韓国人が日本名で献金したもので、受け付けた事務員は気がつかなかっただろう。前原氏は、献金の事実を知らなかったという。

 これが事実なら、政治資金規正法による罰則の対象とはならない。にもかかわらず参議院で問責決議案が出されて紛糾することを恐れて辞任したことは、今後も同様の事件の続発を招き、国会をますます混乱させるだろう。

 最近も京都大学などの入試で、ネット掲示板を使ってカンニングした受験生を警察が逮捕した。このような過剰コンプライアンスは、日本社会を蝕む病気である。

 なぜこういうことになったのか、振り返ってみよう。

始まりは2003年の個人情報保護法

 こういう症状が始まったきっかけは、私の記憶では2003年に施行された個人情報保護法である。

 この頃、住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)が「プライバシーの侵害」だと騒がれ、日弁連(日本弁護士連合会)が「自己情報主権」なるものを唱えた。櫻井よしこ氏は「住基ネットは国民を裸で立たせるものだ」などと常軌を逸したキャンペーンを繰り広げた。

 この結果、個人情報を厳重に規制する法律ができ、5000人以上の個人情報を持つ事業者はすべて規制の対象になった。

 この「個人情報」とは個人名を含むので、実質的にすべての企業が規制対象になった。個人でさえ、年賀状ソフトやカーナビには数千万人の個人情報が入っているので、規制対象になる。

 だから、すべての企業は個人情報の利用目的を特定し、それを本人に対して通知・公表し、本人の同意なく利用目的以外に利用してはならない。例えば企業のサーバーにある顧客の名前を営業に利用する時も、すべての顧客の同意が必要である。そんなことは不可能だから、ほとんどの企業は違法状態で、役所も見て見ぬふりをしている。

次の大きなエポックメーカーは、2006年に起こったライブドア・村上ファンド事件である。この時は、市場経済を「利益至上主義」とか「新自由主義」と指弾する風潮が広がり、村上ファンド事件の1審判決は「被告の『安ければ買うし、高ければ売る』という徹底した利益至上主義に慄然とする」と糾弾した。

 この判決では、インサイダー取引の要件となる情報の基準を「実現可能性がまったくない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題とならない」とし、市場に大きな混乱をもたらした(2審判決では修正された)。

著作権法が生み出す企業の萎縮

 過剰コンプライアンスを生み出す元凶の1つが著作権法である。日本の著作権法では、ウェブサイトの情報をキャッシュ(一時コピー)サーバーに蓄積することも違法だと解釈されたため、日本では検索エンジンは運用できなかった。検索にはキャッシュは不可欠だからである。

 著作権法は2010年に改正され、検索エンジンが適用除外になったが、今ごろ日本で検索エンジンを開発する企業はない。これは、検索が違法とされた判例はないのに、企業の法務部が「自粛」したためだ。

 ある企業では、系列会社と情報共有するための検索サーバーを開発しようとしたが、法務部が「待った」をかけた。この担当者は社長に直訴し、社長が「私が責任を持つ」とかけ合ったが、法務部は「法令違反かどうかの判断に責任を持つのは、社長ではなく我々だ」と拒絶したという。

 さらに今年、最高裁判所は「まねきTV」というテレビ番組のネット配信サービスに対して放送局が起こしていた訴訟で、個人が自分の録画装置を使って自分だけにネット配信した場合も「自動公衆送信」に当たるという判決を出した。

 この判決が情報処理サービスに適用されると、インターネットに他人の著作物をアップロードすることはすべて違法になる恐れが強く、「クラウド」型のサービスは大きな打撃を受ける。

 裁判所が、このような萎縮効果に配慮しないで著作権を厳格に保護する判決を出すことが混乱の原因である。

メディアが叩くのは「手続き」的な違法性

 過剰コンプライアンスが日本経済に打撃を与える大事件になったのは、2005年に起こった耐震偽装問題である。これは結果的には、姉歯秀次元建築士の個人的な犯罪であることが判明し、彼以外には誰も建築基準法違反で訴追されなかった。

 しかし、民主党が「建設会社による組織的犯罪だ」として姉歯建築士などを国会に証人喚問し、建築基準法に不備があると騒いだため、法律が改正され、建築確認の審査が厳格化された。

ところが審査体制の変更が法改正に間に合わなかったため、2007年の住宅着工は前年比40%も減り、GDP(国内総生産)が4兆円下がった。

 過剰コンプライアンスが蔓延する最大の原因は、メディアの過剰報道である。ジャーナリストは建物が地震に耐えるかどうかは判断できないが、その手続きが違法かどうかは分かる。国交省が姉歯建築士を摘発したのは法律に違反するからであり、メディアが集中攻撃したのも、耐震データの偽造という明白な違法行為を本人が認めたからだ。

 彼らが攻撃するのは実質的な安全性ではなく、「手続き」的な違法性である。しかも、警察や検察が強制捜査した場合は、犯人扱いしても名誉毀損で訴えられる心配がないので、刑事事件に報道が集中する。

 このように、違法ではないが重要な問題が放置される一方、どうでもいいが珍しい違法行為が攻撃されると、企業は自衛のためにコンプライアンスに多くの労力を割(さ)き、事なかれ主義が横行する。それは本質的な業務改善のためではなく、問題が起きた時に叩かれたくないという責任逃れのためである。

過剰コンプライアンスの負の連鎖に歯止めをかけよ

 日本社会には、もともと「空気」やコンセンサスを重視する傾向があるが、最近、特に過剰コンプライアンスが強まったのは、長期不況で前向きの仕事が減ったためだろう。社会が成熟して保守的になると、リスクに対する許容度が下がり、違法行為に過敏になる。

 かつては数億円の賄賂がやりとりされた政治の世界でも、小沢一郎氏の政治資金報告書の虚偽記載だけで国会が1年近く混乱する。

 それを追及する急先鋒だった前原氏が25万円の献金でつまずいたのは自業自得とも言えるが、これで野党は勢いづき、次の標的を探す。


 この過剰反応と過剰防衛の負の連鎖を断ち切らないと、日本はいつまでも政治・経済の低迷から脱却できないだろう。


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  • 前原誠司外務大臣が辞任。しかしそれで済ませてはおかしい。

    Excerpt: 前回、前原誠司外務大臣が政治資金規正法違反を犯しながらも続投の意欲を見せたことについて投稿した。『前原誠司外務大臣は「違法」なのに続投、小沢一郎元代表は「疑惑(推定無罪)」なのに党員資格停止、の不思議.. Weblog: ニュースを読まねば racked: 2011-03-10 09:55