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<<   作成日時 : 2011/05/25 13:20   >>

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国は東電をスケープゴートにして逃げるのか8兆円の賠償金が狙われる「たかり」と無責任の構造




JBpress2011.05.25(Wed)  池田信夫 日本経済の幻想と真実

福島第一原発事故の賠償問題の審議が、国会でも始まった。政府の決めた「賠償スキーム」は東京電力を救済して株主を守る一方、枝野幸男官房長官が銀行に債権放棄を求めるなど支離滅裂だが、実は根本問題がまだはっきりしていない。それは東電が本当に100%賠償責任を負うべきなのかという問題だ。

 原発事故は最悪の場合、数万人が死亡する可能性があり、民間企業ではリスクを負いきれないので、電力会社の無過失責任に上限を設け、それ以上は政府が賠償する国が多い。

 ところが日本の原子力損害賠償法では、政府が払う保険金の限度額が1200億円で、それ以上については第3条に「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」という但し書きがある。この「天災地変」をどう考えるかが焦点である。

政府に過失責任はないのか
 今のところ、政府は「同じ地震に遭った福島第二原発などでは事故は起こらなかったのだから、東電の過失責任だ」として、賠償はすべて東電に押しつける方向だが、これはおかしい。

 もし今回の津波が想定内の事態なら、政府はそれに備えた安全基準を設けていなければならなかった。ところが津波の想定は5.7メートル(福島第二原発では5.2メートルを想定)で、全電源喪失は想定しなくてもよいことになっていた。福島第二原発は、非常用電源の配置設計が基準を上回っていたから事故にならなかったのだ。

 これについて班目春樹・原子力安全委員長は、国会で「国の安全基準は明らかな間違い」と認め、指針の作り直しを決めた。

 ということは、間違った安全基準を設けた過失責任は、少なくとも部分的には国にあるので、政府も賠償責任を負うのが当然である。

 1200億円という限度額も問題だ。1961年に原賠法が制定されたときは限度額は50億円だったが、この時も国会で「こんな額で最悪の事故がカバーできるのか」という質問に対して、参考人は「無過失責任を無限に認めると、民間企業の事業が成り立たなくなる」と懸念を表明し、一定額以上は国家が賠償することを明記すべきだと述べた。

 しかし電力会社の巨額の損失を国が補填することに大蔵省が難色を示し、賠償額が巨額になると「原発でたくさん人が死ぬ」と国が認めたことになる、という配慮もあって、50億円という限度額を設けた。裏を返せば、本当に事故が起きたら政府が救済するだろうという暗黙の了解があったのだ。

 つまり政府の「安全神話」の建前に合わせて最悪の事故を想定しない法律が作られ、事後的に裁量で救済する予定だったのが、当時の経緯を知らない民主党政権になって、自民党時代の了解が通用しなくなったのだ。

「1人1億円」の賠償は多すぎる
 もう1つの問題は、賠償の総額が決まっていないことだ。一説には8兆円とも10兆円とも言われるが、死者も出ていないのに、そんな巨額の賠償が必要なのだろうか。

 こうした計算の根拠になっているのは、99年に起こった茨城県東海村のJCO事故である。この時は作業員2名が死亡し、核燃料加工施設の半径350メートルから40世帯150人が避難した。その賠償金が154億円で、賠償のうち10億円が原賠法で支払われた。ここから「1人1億円」という「相場」ができたようだ。

 もちろん避難者1人に1億円が支払われたわけではなく、農業被害など8000件以上の申し立ての中から約7000件が認められたのだが、人的被害と賠償が比例すると考えると、福島第一原発の半径20キロメートル圏内から避難勧告を受けた住民は約8万人だから、賠償額は8兆円以上ということになる。

 しかし東海村の極めて限定された範囲の事故に比べると、福島事故ははるかに規模が大きいので、もっと厳しく査定するだろう。特に今回の場合は、いわゆる風評被害をどこまで補償するかが大きな問題だ。実際に放射性物質を被った農作物はともかく、「福島県産」というだけで売れなかった損害を東電が補償すべきなのだろうか。

 一時は、農産物や水産物などをガイガーカウンターで検査して安全なものは出荷する案もあったが、立ち消えになった。農協や漁協が、すべて風評被害ということにして政府に買い取らせることにしたからだ。こうした「たかり」は災害につきものだから、注意が必要である。

 今のところ政府は「風評被害も賠償の対象だ」という考え方を非公式に示しているが、これも国家賠償が絡まないため、東電の責任を厳しく追及すれば国民から拍手されると考えているのではないか。

 もし、国が賠償を半分負担するとなれば、何でもかんでも風評被害と認めるわけにはいかないだろう。

東電は国を訴えて責任を明確にせよ
 つまり国の法的責任が曖昧になっているために、被災者は無限責任を負った東電に過大な賠償を迫り、政府は東電をスケープゴート(犠牲の羊)に仕立てているのだ。

 しかしどんな賠償スキームにしても、数兆円の損害が消えてなくなるわけではない。

 政府案によれば、東電が負担する賠償額の半分は、他の電力会社にも発電量に応じて負担させる方針だ。東電の場合、今回の事故で火力発電所の燃料費1兆円が必要になり、それを賄うためには電気料金を16%値上げしなければならないと見られている。もし8兆円の半分を賠償したら、さらに4兆円が必要になるわけで、単純計算で80%の値上げになる。他の電力会社も、大幅値上げは避けられない。

 電気料金が上がるからといって電気を使わないわけにはいかないので、これは増税と同じである。つまり東電に全責任を負わせると一般会計は傷まないが、国民から見ると実質的な国民負担がGDPの2%近く増えるのは同じだ。

 東電に「自己責任」で賠償させるのは、一見「正義」にかなって気持ちがいいかもしれないが、90年代に「銀行の自己責任」で不良債権問題を処理させようとしたのと同じである。

 負担能力のない企業に負担させようとすると、結局、分かりにくい形で国民負担が増え、処理が複雑になり、問題が長引くだけだ。

 東電の株主を救済する政府の賠償スキームは論外だが、株式を100%減資しても6000億円程度にしかならない。破綻処理して社債4兆5000億円、長期債務3兆5000億円をすべて棒引きにすれば8兆円の賠償はできるが、東電の再建に金融機関の支援は得られないかもしれない。

 要するに、国の責任がはっきりしていないことが、賠償の決まらない根本原因である。東電は国家賠償訴訟を起こして、国の責任を問うべきだ。政府が賠償責任を負えば、その分担も明らかになり、査定も厳格に行われるだろう。

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