佐藤 優…解散を先延ばしした12月の野田首相訪露が「北方領土交渉」の歴史的転換点になる
成功したウラジオストク日露首脳会談。解散を先延ばしした12月の野田首相訪露が「北方領土交渉」の歴史的転換点になる
現代ビジネス2012年09月09日(日)佐藤 優(国際ニュース分析官)
PHOTO:Gttey Images
8月10日の李明博韓国大統領による竹島上陸、同15日の香港の活動家による尖閣諸島・魚釣島への上陸が続き、領土、国家主権をめぐる問題で、日本は韓国、中国との二正面作戦を余儀なくされている。
日本はロシアとも北方領土問題を抱えている。交渉術を間違えると、中露韓の三正面作戦になってしまうが、9月8日、ロシア・ウラジオストクで行われた日露首脳会談で、野田佳彦首相は三正面作戦の危機を脱することができた。所与の条件下、野田首相はロシアのプーチン大統領から最大の成果を引き出したといってよい。日露首脳会談に関する朝日新聞の記事を引用しておく。
<首相訪ロ「12月めど」で合意 日ロ首脳会談
野田佳彦首相は8日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で訪れているロシア・ウラジオストクでプーチン大統領と会談した。領土問題について秋に次官級、11月に外相間で協議することで一致。経済協力も進めるため、首相の次の訪ロを「12月めど」とすることで合意した。
野田首相は「協力を進めるには国民感情への配慮が必要だ」と指摘。7月のメドベージェフ首相による北方領土上陸をふまえ、自制を求めた。そのうえで北方領土問題を解決して平和条約を締結するという日本政府の立場を示し、「双方が受け入れ可能な解決策を見つけるべく首脳、外相、事務次官レベルで議論を進めたい」と提案した。
これに対し、プーチン大統領は「世論を刺激せず、静かな雰囲気のもとで解決したい」と述べたうえで、次官級などの協議には同意した。
両首脳は、天然ガスをサハリンや東シベリアからパイプラインでウラジオストクの基地へ運んで液化し、日本に輸出する計画を進めることも確認。基地建設に関する文書に両国代表が署名した。プーチン氏は「経済関係の強化に一歩を踏み出した」と歓迎した。(ウラジオストク=土佐茂生、西村大輔)>(9月8日、朝日新聞デジタル)
筆者に接触したロシア関係者
日露首脳会談の前にロシアはさまざまなルートを用いて、野田政権の安定性について調査していた。7~8月にかけて、ロシアの大統領府、首相府、外務省に影響を与える筆者の知人(複数)が来日し、さまざまな調査を行っていた。
筆者は、
「現政権の野田佳彦首相、斎藤勁内閣官房副長官、前原誠司民主党政調会長(前外相)は、対露関係の戦略的提携を強めようとしている。野党自民党の森喜朗元首相も同じ路線だ。
玄葉光一郎外相は、率直に言って、野田、斎藤、前原、森の4人較べると、レトリックが先行し、北方領土交渉の経緯や2001年3月のイルクーツク声明が持つ意義を十分に理解しているとはいえない。ただし、玄葉外相はバランス感覚に優れているので、野田対露外交を支える方向で動いているし、それは今後も変わらない。日本の政局は流動的だが、これは国際社会が帝国主義的再編を行っている現状に日本の政治エリートが十分に対応できていないから起きていることだ。この情況は野田政権後もしばらく続く。
野田首相は、本質において帝国主義者で、勢力均衡外交の意味が分かる。それだから、プーチン大統領とは波長が合うと思う」
という説明を、金太郎飴のようにロシア人たちに繰り返した。今回の日露首脳会談の結果を見ると、筆者の働きかけも若干の効果をもたらしたようだ。
中国の膨張を牽制したいロシア
9月8日、ウラジオストクで斎藤勁内閣官房副長官が日露首脳会談に関する記者ブリーフィングを行ったが、冒頭、斎藤氏は「両首脳はアジア太平洋地域の戦略環境が大きく変化している中、あらゆる分野で日露協力を進めていくことが重要であると改めて確認した」と述べた。
ここで言う「戦略環境の変化」に、領土問題をめぐる日韓・日中関係の悪果が含まれている。このような情況でロシアは、日本に対して好意的中立の立場をとるというシグナルを今回の首脳会談でプーチンは出した。それは、アジア太平洋地域への経済的進出を考えるロシアにとって、同地域の安定がロシアの国益に適うからである。
竹島問題をめぐる緊張は韓国側が仕掛けたものである。またその隙に乗じて、中国が香港の活動家の尖閣諸島上陸をあえて阻止しなかったことに、ロシアは、中国の帝国主義的膨張の傾向を認めている。アジア太平洋地域を安定させ、中国の膨張を牽制するというロシアの国益にとって、日本との提携が有益であるというのがプーチン大統領の基本認識だ。
ロシアは外務省、SVR(対外諜報庁)などの情報網を通じて、野田政権の権力基盤が盤石でなく、今秋解散、総選挙に関する観測が流布されていることを十分に認識した上で、野田首相の12月訪露に合意したのだ。そのような形で、プーチン大統領は野田首相を支援している。
以下の産経新聞の記事は、ロシア語に翻訳され、露外務省とクレムリン(大統領府)に報告されると筆者は見ている。
<首相「12月訪露」は12月まで解散せずの“国際公約”? 「近いうち」はどこへ
野田佳彦首相が日露首脳会談で「12月訪露」を打診したことで、その時期まで衆院解散・総選挙を行わないと「国際公約」したとの受け止めが広がった。自民党の谷垣禎一総裁との党首会談で「近いうち」解散を誓いながら先延ばしを図ってきた首相だけに、野党側が反発を強めるのは必至だ。
「12月をメドに調整していきたい」
首相がプーチン大統領に水を向けたのは約30分間の会談が終わりに近づいたときだった。満を持しての打診だけに、プーチン氏が少なくとも年内は野田首相が首相の座にとどまると受け止めたとしても不思議ではない。
首相が交代しても訪露を追求するのか、それとも野田首相に限定した調整なのか-。そこを記者団に問われると、斎藤勁官房副長官は「野田首相(のみ)です」と即答した。首脳訪問は首相の意向を反映すべきものだけに、同行筋は「野田首相以外でも調整を続けるという回答はありえない」と説明する。
ただ、民主党代表選への出馬を正式表明した7日の記者会見で、首相は「政治的対応の空白」を避けるため当面の衆院解散・総選挙を否定。「やるべきことをやった上で、しかるべきときに信を問う」と繰り返しているだけに、やるべきことに訪露も想定しているとの疑念は強まりそうだ。
一方、プーチン氏は首相の訪露打診を歓迎し、「世論を刺激せず、静かな雰囲気のもとで解決していきたい」と北方領土交渉にも前向きな姿勢を示した。とはいえ、6月の首脳会談で「静かな環境」での議論を確認した直後、メドベージェフ首相の国後島上陸という形で日本の世論を刺激したのはロシア側だ。首相が解散時期を引き延ばしても政権基盤の弱さを覆すのは至難の業だけに、再び日本の主権を踏みにじられかねない。(ウラジオストク 半沢尚久)>(9月8日、MSN産経ニュース)
この記事によって、プーチン大統領が野田政権を支持しているというシグナルを日本のマスメディアは正確に理解していると、ロシアの日本専門家は読み解くと思う。
歯舞・色丹の返還と国後・択捉への新しい提案
野田政権の利益を超えて、日本の国益にとっても、今年12月の野田訪露は大きな意味を持つ。これは公式訪問になるので、その際には日露間の合意文書が発表される。この合意文書で、北方領土に関する何等かの新合意がなされる。
1956年11月の日ソ共同宣言、1993年10月の東京宣言、2001年3月のイルクーツク声明は、いずれも首脳訪問の際に採択されたものだ。日露両国の外交官は首脳会談を成功させなければならない。首脳会談が成功したか否かの判断は合意文書の内容によってなされる。
首脳会談の日程が決まると、両国の外交官は必死になって双方を満足させることができるような文書の作成に努力する。ここで北方領土で野田首相を満足させるような成果が得られないと、外務省の欧州局長やロシア課長は出世できなくなる。それだから、外務官僚は必死になって、事務レベルでの交渉を行う。
その結果、2001年3月25日のイルクーツク声明に基づき、<1956年の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言が、両国間の外交関係の回復後の平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した。/その上で、1993年の日露関係に関する東京宣言に基づき、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより、平和条約を締結し、もって両国間の関係を完全に正常化するため、今後の交渉を促進することで合意した。>という点に重点を置いた、歯舞群島、色丹島の2島の近未来の現実的引き渡しに関する外交交渉が活性化すると思う。
その過程で、国後島、択捉島の帰属をめぐる交渉について、過去と異なる独創的なアプローチがとられるかもしれない。
現代ビジネス2012年09月09日(日)佐藤 優(国際ニュース分析官)
PHOTO:Gttey Images
8月10日の李明博韓国大統領による竹島上陸、同15日の香港の活動家による尖閣諸島・魚釣島への上陸が続き、領土、国家主権をめぐる問題で、日本は韓国、中国との二正面作戦を余儀なくされている。
日本はロシアとも北方領土問題を抱えている。交渉術を間違えると、中露韓の三正面作戦になってしまうが、9月8日、ロシア・ウラジオストクで行われた日露首脳会談で、野田佳彦首相は三正面作戦の危機を脱することができた。所与の条件下、野田首相はロシアのプーチン大統領から最大の成果を引き出したといってよい。日露首脳会談に関する朝日新聞の記事を引用しておく。
<首相訪ロ「12月めど」で合意 日ロ首脳会談
野田佳彦首相は8日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で訪れているロシア・ウラジオストクでプーチン大統領と会談した。領土問題について秋に次官級、11月に外相間で協議することで一致。経済協力も進めるため、首相の次の訪ロを「12月めど」とすることで合意した。
野田首相は「協力を進めるには国民感情への配慮が必要だ」と指摘。7月のメドベージェフ首相による北方領土上陸をふまえ、自制を求めた。そのうえで北方領土問題を解決して平和条約を締結するという日本政府の立場を示し、「双方が受け入れ可能な解決策を見つけるべく首脳、外相、事務次官レベルで議論を進めたい」と提案した。
これに対し、プーチン大統領は「世論を刺激せず、静かな雰囲気のもとで解決したい」と述べたうえで、次官級などの協議には同意した。
両首脳は、天然ガスをサハリンや東シベリアからパイプラインでウラジオストクの基地へ運んで液化し、日本に輸出する計画を進めることも確認。基地建設に関する文書に両国代表が署名した。プーチン氏は「経済関係の強化に一歩を踏み出した」と歓迎した。(ウラジオストク=土佐茂生、西村大輔)>(9月8日、朝日新聞デジタル)
筆者に接触したロシア関係者
日露首脳会談の前にロシアはさまざまなルートを用いて、野田政権の安定性について調査していた。7~8月にかけて、ロシアの大統領府、首相府、外務省に影響を与える筆者の知人(複数)が来日し、さまざまな調査を行っていた。
筆者は、
「現政権の野田佳彦首相、斎藤勁内閣官房副長官、前原誠司民主党政調会長(前外相)は、対露関係の戦略的提携を強めようとしている。野党自民党の森喜朗元首相も同じ路線だ。
玄葉光一郎外相は、率直に言って、野田、斎藤、前原、森の4人較べると、レトリックが先行し、北方領土交渉の経緯や2001年3月のイルクーツク声明が持つ意義を十分に理解しているとはいえない。ただし、玄葉外相はバランス感覚に優れているので、野田対露外交を支える方向で動いているし、それは今後も変わらない。日本の政局は流動的だが、これは国際社会が帝国主義的再編を行っている現状に日本の政治エリートが十分に対応できていないから起きていることだ。この情況は野田政権後もしばらく続く。
野田首相は、本質において帝国主義者で、勢力均衡外交の意味が分かる。それだから、プーチン大統領とは波長が合うと思う」
という説明を、金太郎飴のようにロシア人たちに繰り返した。今回の日露首脳会談の結果を見ると、筆者の働きかけも若干の効果をもたらしたようだ。
中国の膨張を牽制したいロシア
9月8日、ウラジオストクで斎藤勁内閣官房副長官が日露首脳会談に関する記者ブリーフィングを行ったが、冒頭、斎藤氏は「両首脳はアジア太平洋地域の戦略環境が大きく変化している中、あらゆる分野で日露協力を進めていくことが重要であると改めて確認した」と述べた。
ここで言う「戦略環境の変化」に、領土問題をめぐる日韓・日中関係の悪果が含まれている。このような情況でロシアは、日本に対して好意的中立の立場をとるというシグナルを今回の首脳会談でプーチンは出した。それは、アジア太平洋地域への経済的進出を考えるロシアにとって、同地域の安定がロシアの国益に適うからである。
竹島問題をめぐる緊張は韓国側が仕掛けたものである。またその隙に乗じて、中国が香港の活動家の尖閣諸島上陸をあえて阻止しなかったことに、ロシアは、中国の帝国主義的膨張の傾向を認めている。アジア太平洋地域を安定させ、中国の膨張を牽制するというロシアの国益にとって、日本との提携が有益であるというのがプーチン大統領の基本認識だ。
ロシアは外務省、SVR(対外諜報庁)などの情報網を通じて、野田政権の権力基盤が盤石でなく、今秋解散、総選挙に関する観測が流布されていることを十分に認識した上で、野田首相の12月訪露に合意したのだ。そのような形で、プーチン大統領は野田首相を支援している。
以下の産経新聞の記事は、ロシア語に翻訳され、露外務省とクレムリン(大統領府)に報告されると筆者は見ている。
<首相「12月訪露」は12月まで解散せずの“国際公約”? 「近いうち」はどこへ
野田佳彦首相が日露首脳会談で「12月訪露」を打診したことで、その時期まで衆院解散・総選挙を行わないと「国際公約」したとの受け止めが広がった。自民党の谷垣禎一総裁との党首会談で「近いうち」解散を誓いながら先延ばしを図ってきた首相だけに、野党側が反発を強めるのは必至だ。
「12月をメドに調整していきたい」
首相がプーチン大統領に水を向けたのは約30分間の会談が終わりに近づいたときだった。満を持しての打診だけに、プーチン氏が少なくとも年内は野田首相が首相の座にとどまると受け止めたとしても不思議ではない。
首相が交代しても訪露を追求するのか、それとも野田首相に限定した調整なのか-。そこを記者団に問われると、斎藤勁官房副長官は「野田首相(のみ)です」と即答した。首脳訪問は首相の意向を反映すべきものだけに、同行筋は「野田首相以外でも調整を続けるという回答はありえない」と説明する。
ただ、民主党代表選への出馬を正式表明した7日の記者会見で、首相は「政治的対応の空白」を避けるため当面の衆院解散・総選挙を否定。「やるべきことをやった上で、しかるべきときに信を問う」と繰り返しているだけに、やるべきことに訪露も想定しているとの疑念は強まりそうだ。
一方、プーチン氏は首相の訪露打診を歓迎し、「世論を刺激せず、静かな雰囲気のもとで解決していきたい」と北方領土交渉にも前向きな姿勢を示した。とはいえ、6月の首脳会談で「静かな環境」での議論を確認した直後、メドベージェフ首相の国後島上陸という形で日本の世論を刺激したのはロシア側だ。首相が解散時期を引き延ばしても政権基盤の弱さを覆すのは至難の業だけに、再び日本の主権を踏みにじられかねない。(ウラジオストク 半沢尚久)>(9月8日、MSN産経ニュース)
この記事によって、プーチン大統領が野田政権を支持しているというシグナルを日本のマスメディアは正確に理解していると、ロシアの日本専門家は読み解くと思う。
歯舞・色丹の返還と国後・択捉への新しい提案
野田政権の利益を超えて、日本の国益にとっても、今年12月の野田訪露は大きな意味を持つ。これは公式訪問になるので、その際には日露間の合意文書が発表される。この合意文書で、北方領土に関する何等かの新合意がなされる。
1956年11月の日ソ共同宣言、1993年10月の東京宣言、2001年3月のイルクーツク声明は、いずれも首脳訪問の際に採択されたものだ。日露両国の外交官は首脳会談を成功させなければならない。首脳会談が成功したか否かの判断は合意文書の内容によってなされる。
首脳会談の日程が決まると、両国の外交官は必死になって双方を満足させることができるような文書の作成に努力する。ここで北方領土で野田首相を満足させるような成果が得られないと、外務省の欧州局長やロシア課長は出世できなくなる。それだから、外務官僚は必死になって、事務レベルでの交渉を行う。
その結果、2001年3月25日のイルクーツク声明に基づき、<1956年の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言が、両国間の外交関係の回復後の平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した。/その上で、1993年の日露関係に関する東京宣言に基づき、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより、平和条約を締結し、もって両国間の関係を完全に正常化するため、今後の交渉を促進することで合意した。>という点に重点を置いた、歯舞群島、色丹島の2島の近未来の現実的引き渡しに関する外交交渉が活性化すると思う。
その過程で、国後島、択捉島の帰属をめぐる交渉について、過去と異なる独創的なアプローチがとられるかもしれない。

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