有田芳生のTwitter…佐野眞一「ハシシタ 救世主か衆愚の王か」(週刊朝日)がすこぶる面白い。
有田芳生参議院議員のTwitter(有田芳生@aritayoshifu)
10月17日有田芳生@aritayoshifu
佐野眞一「ハシシタ 救世主か衆愚の王か」(週刊朝日)がすこぶる面白い。レイアウトも週刊誌界の常識を破る斬新さ。取材スタッフに今西憲之さん、村岡正浩さんと最強コンビ。橋下市長は朝日新聞の取材をさっそく拒否。佐野さんの戦術にまんまとはまってしまったのは、その性格を知らない無謀反応だ。
10月17日有田芳生@aritayoshifu
〈本社など取材、橋下氏が拒否 週刊朝日の連載めぐり〉http://goo.gl/H4xRk 「今回の記事は、公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的」。佐野眞一さんだけでなくノンフィクションの古典的手法はルーツを徹底的に調べ上げること。中上健次の「路地」が作品の背景にあるように。
10月18日有田芳生@aritayoshifu
木村正人「週刊朝日の橋下徹・大阪市長報道にモノ申す」http://goo.gl/oeIag ご自身の経験に基づく迫力ある論評だ。ただ佐野眞一さんのノンフィクションに「客観性」を求めるのは次元が違う。過剰権力的に他者に対応する者は自身への批判・攻撃に対して受忍の義務がある。
10月19日有田芳生@aritayoshifu
佐野眞一「ハシシタ」について。
1・佐野ノンフィクションの手法で人物を描けば、必ずルーツをたどる。それが佐野作品の基本だ。編集部が筆者に選んだ以上、あのような内容になることは前提だったはず。
2・私が「面白い」と表現したのは、維新の会のパーティーとその裏面を描いたところ。
3・ルーツはすでに他誌が描いている。強権力を行使する公人のどこまでを描いていいかは議論のわかれるところ。私にはルーツ暴露を「面白い」という感性はない。
4・だが他者に執拗・厳格な橋下氏が佐野的手法である程度描かれても受忍の義務があると思う。
5・しかし、ルーツのある地域を特定し、明示したことをチェックできなかった編集部は弁解の余地がない。
6・佐野さんは連載をやめるのではなく、全体像を描くことで読者に判断をあおぐべきだ。橋下氏も自己の批判を原因とする執筆中断を望んでいないだろう。
10月17日有田芳生@aritayoshifu
佐野眞一「ハシシタ 救世主か衆愚の王か」(週刊朝日)がすこぶる面白い。レイアウトも週刊誌界の常識を破る斬新さ。取材スタッフに今西憲之さん、村岡正浩さんと最強コンビ。橋下市長は朝日新聞の取材をさっそく拒否。佐野さんの戦術にまんまとはまってしまったのは、その性格を知らない無謀反応だ。
10月17日有田芳生@aritayoshifu
〈本社など取材、橋下氏が拒否 週刊朝日の連載めぐり〉http://goo.gl/H4xRk 「今回の記事は、公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的」。佐野眞一さんだけでなくノンフィクションの古典的手法はルーツを徹底的に調べ上げること。中上健次の「路地」が作品の背景にあるように。
本社など取材、橋下氏が拒否 週刊朝日の連載めぐり
朝日新聞2012年10月17日20時22分
橋下徹大阪市長は17日、朝日新聞出版が発行した「週刊朝日」10月26日号に掲載された橋下氏に関する連載記事「ハシシタ 奴の本性」の第1回について、「言論の自由は保障されるべきだが、一線を越えている」などと批判。そのうえで朝日新聞グループの見解が示されなければ、朝日新聞社や朝日放送など関連メディアから記者会見などで質問されても、回答を拒否すると述べた。
橋下氏は報道陣に対し、ノンフィクション作家の佐野眞一氏らが執筆した週刊朝日の記事について、橋下氏の家族関係の記述が中心テーマになっていると主張。「政策論争はせずに、僕のルーツを暴き出すことが目的とはっきり言明している。血脈主義ないしは身分制に通じる本当に極めて恐ろしい考え方だ」と非難した。
朝日新聞出版は2008年4月に朝日新聞社から独立した別会社。
朝日新聞出版の井手隆司管理部長は、橋下氏の発言を受けて「週刊朝日は、当社が発行する週刊誌であり、朝日新聞とは別媒体です。同誌を含め、当社の刊行物は当社が責任を持って独自に編集しています。今回の記事は、公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的です」とのコメントを出した。
10月18日有田芳生@aritayoshifu
木村正人「週刊朝日の橋下徹・大阪市長報道にモノ申す」http://goo.gl/oeIag ご自身の経験に基づく迫力ある論評だ。ただ佐野眞一さんのノンフィクションに「客観性」を求めるのは次元が違う。過剰権力的に他者に対応する者は自身への批判・攻撃に対して受忍の義務がある。
週刊朝日の橋下徹・大阪市長報道にモノ申す
木村正人2012年10月18日 03:51
朝日新聞グループの朝日新聞出版が発行する「週刊朝日」(10月26日号)が緊急連載「ハシシタ 救世主か衆愚の王か」を掲載したことについて、新党「日本維新の会」代表の橋下徹大阪市長は「朝日新聞社からきちんと考え方をお聞きするまでは質問には答えたくない」として朝日新聞と系列の朝日放送の取材に応じない考えを示した。
私事で恐縮だが、筆者は大阪市西成区で生まれ育った。
中学校はドヤ街あいりん地区(釜ヶ崎)のど真ん中にあり、女性の国語教師は人権の時間に被差別部落の問題や在日朝鮮・韓国人への差別問題を説き起こす一方で、「今日、学校に来る途中、飯炊きにけえへんか(来ないか)と誘われた。景気ようなったんかなァ。あんたらも大人になったら西成出身いうだけで差別されるんやから、人権についてよう勉強しときや」と教えてくれた。 こんなこともあった。1978年7月、広域暴力団・山口組三代目組長、田岡一雄(1913~1981年)が京都・三条のクラブ「ベラミ」で大日本正義団組員、鳴海清(1952~1978年)に銃撃されたとき、同じ先生が「鳴海君はあんたらと同じ中学校の先輩や。しょうもない悪さばっかりしてへんで、やるんなら鳴海君と同じように新聞の一面に載るようなことをやってみい」と不良少年を縮み上がらせた。
この夏、約5年ぶりにロンドンから帰阪した際、なじみのたこ焼き店に寄ったら、女性店員が鳴海清と同級生というので、話が弾んだ。
橋下市長が育った大阪市東淀川区も事情は同じようなものだったのかもしれない。
筆者の父親は昔、マージャン店を経営していたが、体裁が悪くなったのか、商店街に引っ越して食料品店を経営した。おかげで筆者は9歳の頃から、商品の値札つけ、陳列、荷物運び、卸売市場からの仕入れ、棚卸、レジ打ち、レジの勘定と店の手伝いで大忙しだった。
マージャン店を手伝ってもらっていた兄ちゃんは刺青を入れていたように記憶している。小学生の頃、お年玉をくれた近所のおじさんの腕にもコイやトランプの刺青が入っていた。筆者の父親はやくざではなかったが、フィリピンに軍属の通信兵として出兵して、命からがら帰還した。田舎から大阪に出てきて生計を立てるにはマージャン店を経営するのが手っ取りばやかったのかもしれない。
筆者が大学を卒業して新聞記者になって西成区を含む動物園担当になったとき、西成署の刑事さんから管内に100以上の暴力団がひしめいていると聞いて驚いた。
中学生の頃、男修行と言って四国に一人旅に出かけた不良少年のボスは親の跡を継いで暴力団の組長になった。神戸市灘区の田岡御殿(山口組本部)で開かれた法要の取材でその同級生と偶然、出くわしたこともある。当たり前のことだが、組員と言ったって、私たちと同じ人間である。何の因果か、やくざ者になっただけなのだ。被差別部落や在日の差別問題も背後に横たわる。
小学校の頃、同級生の両親が経営する焼き肉店に行ったとき、酔っ払いの男が同級生のおばあちゃんに「お前ら朝鮮に帰らんかい」と罵声を浴びせた。同級生のおばあちゃんはうつむいて、ただただカルビをタレでもんでいた。
中学時代、やんちゃ坊主の同級生が卒業式で韓国名を名乗って卒業した時は、勇気がいったろうなと思って身が震えた。
大阪の下町で育った筆者の周りには在日韓国・朝鮮人や被差別部落出身者、やくざ者がたくさんいた。それが生活の一部だった。 でも、こちらから相手を「朝鮮人」とか「被差別部落出身者」と呼んだことは一度もない。本人が自らの意思で公表しているのならともかく、自分で変えようのない出自をレッテルとして相手に貼り付けることは人間として許される行為ではないと思うからだ。
これが人間としての基本線だと思う。
「日本維新の会」を率いる橋下市長の場合はしかし、将来、日本の国政に重大な影響力を持つ可能性があるからこそ、報道機関には橋下市長の出自、祖先、家族、学歴、信条、宗教、政策を含め、徹底的に取材して報道する権利がある。というより責務がある。
日英両国の政治に詳しいアーサー・ストックウィン元オックスフォード大学日産日本問題研究所所長は「自民党の野中広務元官房長官は被差別部落出身だが、非常に有力な政治家だった。だから、橋下市長の祖先が仮に被差別部落出身だったとしても偏見の原因にはならないだろう。橋下市長が将来の首相候補の一人として名前が上がっている以上、報道機関が彼の出自を報道することは正当化されるが、その方法は客観的であって、人を貶めるような内容であってはいけない」と指摘する。 ロンドンではまだ週刊朝日の連載記事に目を通すことはできないが、ネット上で内容を推測する限りにおいて、「ハシモト」を名乗っている橋下市長を旧姓の「ハシシタ」と呼び捨てにして、人格を攻撃する週刊朝日の報道姿勢は客観性を欠いていると言わざるを得ない。
また、父親がやくざ者であったとしても、橋下市長は、大阪府内で一、二を争う進学校・北野高校に進学、高校ラグビーの全国大会に出場し、早稲田大学を卒業して司法試験に合格、弁護士開業、大阪府知事、大阪市長と自分の道を自力で切り開いてきた。 週刊朝日が橋下市長の政治信条や政治手法、思想を問題と考えているなら、橋下市長がいうように正々堂々と政策で論じ合うのが正道だ。今回の連載記事では偏見と先入観のメガネを通して報道していると自白しているに等しく、逆効果にしかならないだろう。
「政策論争をせずに先祖を徹底的に調査して暴き出すことは、言論の自由の一線を越えている」と批判する橋下市長に対して、週刊朝日を発行する朝日新聞出版側は「公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的」とのコメントを出した。橋下市長にとって、とても納得がいく回答ではないだろう。
それでも橋下市長が朝日新聞や朝日放送の取材を拒否するのは政治家として間違っている。人間として週刊朝日の報道を許せないとしても、政党を率いる政治指導者として、民主主義の基盤をなす「知る権利」を阻害する取材拒否は決して社会に受け入れられる行為ではないからだ。
英国きってのマスコミ対策専門家マックス・クリフォード氏が英BBC放送で、大衆紙(日本の週刊誌のようなもの)の存在意義について「要は取材対象のペルソナ(仮面)をはがすかどうかなんだ」と言い切ったことがある。他の週刊誌の二番煎じといえる出自問題をほじくり返しただけの週刊朝日は今後の連載で橋下市長のどんなペルソナをはがそうというのだろうか。
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10月19日有田芳生@aritayoshifu
佐野眞一「ハシシタ」について。
1・佐野ノンフィクションの手法で人物を描けば、必ずルーツをたどる。それが佐野作品の基本だ。編集部が筆者に選んだ以上、あのような内容になることは前提だったはず。
2・私が「面白い」と表現したのは、維新の会のパーティーとその裏面を描いたところ。
3・ルーツはすでに他誌が描いている。強権力を行使する公人のどこまでを描いていいかは議論のわかれるところ。私にはルーツ暴露を「面白い」という感性はない。
4・だが他者に執拗・厳格な橋下氏が佐野的手法である程度描かれても受忍の義務があると思う。
5・しかし、ルーツのある地域を特定し、明示したことをチェックできなかった編集部は弁解の余地がない。
6・佐野さんは連載をやめるのではなく、全体像を描くことで読者に判断をあおぐべきだ。橋下氏も自己の批判を原因とする執筆中断を望んでいないだろう。
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