宮沢りえ 大女優への「軌跡」と「覚悟」  (日刊ゲンダイ2013年5月13日)

宮沢りえ 大女優への「軌跡」と「覚悟」
【芸能】
日刊ゲンダイ2013年5月13日 掲載



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 天海祐希(45)が軽度の心筋梗塞のため降板し、宮沢りえ(40)が代役を務めることになった舞台「おのれナポレオン」。12日、千秋楽を迎えた宮沢は5分以上にわたったカーテンコールで、万雷の拍手に包まれた。

「休憩なしで2時間20分の長丁場。しかも、稽古はたったの2日間。もう神業というしかありません」と言うのは芸能リポーターの川内天子氏だ。

「舞台の代役はNGを出しても取り直しがきくドラマとはまったく意味合いが違う。出演を決断したのは共演の野田秀樹さんへの恩義とかいろんな理由があるでしょう。でも、自分に女優としての自信がなければ絶対に引き受けなかったはず。その覚悟を決めた時に、彼女は大女優への道を歩みだしたのだと思います」

 宮沢は11歳でモデルとしてデビュー。その後は常に芸能界の最前線で注目を浴び続けてきた。18歳でヌード写真集を発表。その後は貴花田(当時)との婚約、破局、自殺未遂、激ヤセ、恋愛遍歴、アメリカ移住……。女優としてではなく、スキャンダラスな文脈で語られることが多かったのは本人も認めるところだろう。

 女優としての評価が高まったのは「たそがれ清兵衛」(02年)、「父と暮せば」(04年)で山田洋次監督、黒木和雄監督という名匠と出会い、落ち着いた演技を見せ始めてからのことである。

<母から自立>

 前出の川内氏がこう続ける。
「女優として実力をつけ、演技が評価され始めた頃から、りえのマネジャーとして前面に立ち続けた“りえママ”がフェードアウトしました。母親から精神的に自立したことが、女優としてや人間としての成長を促したと思います。結婚相手も自分で決めたし、出産、離婚に向けた決断も自分で踏み切った。もちろん、今でもママは彼女をバックアップしています。でも、もう表舞台に出てくることはないでしょう」

 愛娘はこの春から都内の幼稚園に通いだした。元プロサーファーの夫との離婚問題は解決していないが、「入園式にも、りえはひとりで参加。ほとんど毎朝、りえ自身が送っていて、週に4日持参するお弁当もせっせと作っているそうです。夫とヨリが戻ることは100%ない。娘は自分がひとりで育てる覚悟を決めているようです」(女性誌編集者)。

 4月に40歳の誕生日を迎えた。過去のスキャンダルが全部肥やしになれば、これから女優として大輪の花を咲かせるのは間違いない。 .

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