【土曜訪問】 喪失感を小説に昇華  漱石を下敷きに第2作 姜尚中(カン サンジュン)さん(政治学者)

【土曜訪問】
喪失感を小説に昇華  漱石を下敷きに第2作 姜尚中(カン サンジュン)さん(政治学者)
東京新聞2013年5月11日



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 姜尚中(カンサンジュン)さん(62)と東京都内で会ったのは、日差しがまぶしい午後だった。現れた姜さんは陽気とは裏腹に、落ち着いて、どこか憂いある雰囲気をたたえていた。

 四月に、姜さんは小説二作目となる『心』を、集英社から刊行した。心に傷を抱えた「先生」が、大学生の「直広」に出会うところから、物語は始まる。先生を慕う直広は、メールで先生にさまざまな思いを打ち明ける。親友に先立たれたこと、その親友と自分は同じ女性に恋していたこと…。そして先生に「生きる意味」を問い掛ける。



集英社
姜尚中

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 文豪夏目漱石(一八六七~一九一六年)の「こころ」のように、先生と青年とのやりとりを通して描く、喪失と再生の物語だ。「在日」としての半生を振り返った自伝的小説『母-オモニ-』から三年。自己に向き合って執筆した。「漱石大先生のタイトルを使うなんて叱られるかもしれないけれど」…。姜さんは低い声で、ゆっくりと語った。

 「夏目漱石っていう人も、幸福じゃなかったんじゃないかな。不器用で、森鴎外のように何人かの女性ともうまくやっていけて官僚制のトップに立ち、自分を使い分けられる人じゃなかった。僕もそうで、それが息子の不幸ともかかわってるのかもしれない」

 姜さんは四年前に、長男を二十代半ばで亡くした。今回、書き上げた物語の端々には、長男への思いが溢(あふ)れる。「つらいことがあると、みんな『どうして私だけがこんな目に?』と思う。それから必ず犯人捜しをする。『ここに原因があったんだ』と。そうしてだんだんおかしくなっていく。けれどもある時から僕は、犯人を捜してはいけないと気づいた。息子の不幸はとても悲しい体験だし、喪失感は生涯なくならない。生きる力がなえた時もある。でもだからこそ、この小説を書こうと思いました」

 長男や、実際に出会った一人の青年を重ね合わせて創り出した直広と、自身を投影した先生との対話。「最初はどこに着地するかもわからず書き始めましたが、対話を重ねていくことで息子がよみがえったような錯覚をすることもありました。息子のところへ行きたいとさえ思った自分の心境も、変わっていきました」

 長男の死にふさぐ中で起きた、東日本大震災。物語のテーマには「3・11」も盛り込んだ。直広はライフセービングの経験を生かし、被災地の海で行方不明者の捜索ボランティアをする。「震災で亡くなった二万人…その一人一人の死には、二万という数に還元できない、残された人の思いがある。そうしたことを重ね合わせて書いてみよう、と」

 その作品が創作の下敷きとなった夏目漱石は、自分を最も支えてくれた作家だという。「漱石は『詩人とは自分の死骸を、自分で解剖して、その病状を天下に発表する義務を有している』、つまり人さまに見せるものだと言っている。つらい、悲しいとそのまま独白するのでは誰にも伝わらない。書くということは、そういうことなんだなあと思いました」

 今春、長年務めた東大教授を退職し、埼玉県の聖学院大教授に就任。退職時、学生を前に「自分は幸福な人生を歩んでいるとは思わないけれど、生きがいある人生を送らせていただいていると思う」と話した。「自分が幸せだと思ってても、人生の意味がわからない人もいる。生きがいを感じない人もいる。生きがいは今、自分の中でより鮮明になってきていると感じます」

 学生からは「先生、僕たちに全人格的に接してくれてありがとう」との言葉も贈られた。「本当にうれしかったですね。今、なかなか『師』を持てない。出会えない。これは、先生と呼ばれる側にとっても不幸。漱石の『こころ』の中でも、『先生』は書生である『私』と出会ったから、命を託してやっと消えていけた。『私』と出会わなければ、先生はもっと不幸だったと思うんです」

 『心』を締めくくる先生の問わず語りには、長男に再び会える日まで、懸命に生きていこうとする姜さん自身の決意が滲(にじ)む。推敲(すいこう)の最終段階で書き直し、自分の内面を深く見つめて絞り出したという。「生きるというのは世界の苦い味をたくさん味わうことでもある。でも、だから生きる意味があるし、そういうことを発信していくしかないと、今は思っています。読んだ人が、何かを感じてくれればうれしいですね」 (岩岡千景)


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