【相澤秀禎サンミュージック会長訃報】 相澤会長の通夜に集った「不肖の娘たち」

相澤会長の通夜に集った「不肖の娘たち」
【芸能】
日刊ゲンダイ2013年5月29日 掲載

http://gendai.net/articles/view/geino/142603


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16年半ぶり 桜田淳子に「誰?」

 28日、サンミュージックの創業者である相澤秀禎会長(享年83)の通夜が青山葬儀所で営まれた。

 ベッキー(29)や都はるみ(65)など所属タレントをはじめ、渡哲也(71)、和田アキ子(63)など大物芸能人も続々と参列。1500人以上が故人を偲んだ。その中には、相澤会長に心配と迷惑をかけた揚げ句、事務所を離れていった“不肖の娘たち”の姿もあった。

「なんの恩返しもできなかった」

 涙ながらにこう語ったのは酒井法子(42)だ。09年の覚醒剤事件で事務所を離れて以来、約3年ぶりの“対面”となった酒井は、「会長にまた会える日があったら、『一生懸命に生きた』と言えるように、頑張ります」とコメントした。

 娘の神田沙也加(26)とともに姿を見せた松田聖子(51)は棺の中の会長と対面して号泣。“本物”の涙が頬を伝っていた。

「相澤さんは育ての親ですからね。でも、聖子は89年6月に一方的に独立を宣言し、後足で砂をかけるように事務所を辞めた。当時はサンミュージックの屋台骨が揺らいだほどのダメージでしたが、相澤会長は最後まで聖子をかばっていました」(芸能リポーター)
 報道陣がざわめいたのは午後6時から始まった通夜の弔問客も落ち着いた7時半前のこと。タクシーに乗って桜田淳子(55)が姿を見せた時だった。

「花の中3トリオ」と持てはやされた桜田が突如、統一教会の信者であることをカミングアウトしたのは92年6月。その後は合同結婚式に参加、93年公開の映画を最後に、事実上芸能界を追放されていた。公の場に姿を見せたのは、96年の統一教会クリスマスフェスティバルに出席して以来、16年半ぶりのことだ。それだけに、当時の面影がほとんどなく、報道陣はタクシーから降りた女性が桜田だとはじめは気がつかないハプニングもあった。

「会長にはどんな声をかけられたんですか?」という問いかけにも無言を貫き、足早に会場を去った桜田は現在も統一教会の信者だ。

「合同結婚式で結婚した会社経営者の男性との間に1男2女をもうけましたが、会社は不況のあおりで倒産。04年からは資産を整理して都内のマンションに住んでいます。桜田自身は芸能界復帰に意欲があり、06年にはエッセーも発売しましたが、霊感商法で大勢の被害者を出した統一教会の現役信者である以上、日本の芸能界で仕事をするのは難しい」(古参の芸能ライター)

 バカな子供ほどかわいいというが、泉下の相澤会長は今、何を思う――。
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