Tモバ買収へルビコン渡る孫氏 米でも綱渡り経営  (ITジャーナリスト 小池 良次)

Tモバ買収へルビコン渡る孫氏 米でも綱渡り経営
ITジャーナリスト 小池 良次(Ryoji Koike)
日本経済新聞2014/7/18 7:00

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO74361710X10C14A7000000/?dg=1

 日米で「ソフトバンクによる米TモバイルUS買収が間近」という報道が飛び交っている。米国携帯業界のなかで最も勢いがあり絶好調のTモバイルUSがなぜ米スプリントの買収交渉に応じるのか。はたしてTモバイルは「本当に買収される」つもりだろうか。その背景を分析すると、窮地に追い込まれている「スプリント-ソフトバンク」連合の姿と、TモバイルUSの親会社である独ドイツテレコムの深謀遠慮が見えてきた。


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対談を終えたコリン・パウエル元米国務長官とソフトバンクの孫正義社長(6月18日、東京・丸の内)

■捨て身のプランで躍進するTモバイル

 過去1年にわたって、TモバイルUSは目を見張る業績回復を続けてきた。4四半期連続で新規契約は100万件加入を超え、株価も過去1年で約2倍の29ドルにまで回復している。2014年3月末の決算では新規契約がポストペイドだけで132万件に達し、プリペイドなどを加えた240万件加入は大手4社でずば抜けた数字だった。

 このTモバイルUSの快進撃は13年3月に発表した「アンキャリア1.0」キャンペーンから始まった。

 携帯業界では長年「人気端末と抱き合わせで長期契約をとる」マーケティングが重視されてきた。iPhoneを使った販売方式はその典型だが、業績不振にあった2年前のTモバイルUSにはアップルとの巨額契約を結ぶことはできなかった。そこで考えたのが「端末持ち込みの自由化」と1カ月単位の「短期契約」を認めるという異色の営業戦略だ。

 米AT&Tなど他社で利用していた端末をTモバイルUSに持ち込めば格安プランを利用でき、いつでも解約できるアンキャリア1.0に対し、価格に敏感な若い世代が飛びついた。

 勢いを得た同社は次々と割引キャンペーンを繰り出した。半年ごとに端末更新ができるJUMPプラン、固定料金で国際通話かけ放題プラン、携帯でのデジタルミュージック無料化、7日間無料でiPhoneを試せるテスト・ドライブなど、従来の常識を破るプランが次々と登場した。

 13年末から14年春にかけては、AT&Tを狙った「早期解約費用をTモバイルが負担する」乗り換えキャンペーンを展開し、両社は泥沼の価格競争を展開した。こうしたなりふり構わぬ営業攻勢がTモバイルUS躍進の原動力となった。

■草刈り場となったスプリント

 AT&TとTモバイルUSの価格競争でそばづえを食ったのがスプリントだった。

 スプリントは本来、買収によりソフトバンクが注入した資金でLTE整備を加速する一方、端末の共通化などを図り競争力を回復する予定だった。だが、ディッシュ・ネットワークの横やりで買収の完了が遅れ、しかも買い取り総額も膨らんでしまった。加えて、先に買収したクリアワイヤとのネットワーク統合を先行させたため、米国内のLTE整備競争でますます遅れた。

 スプリントがクリアワイヤの周波数を使って実現した次世代LTE「スパーク」は13年10月に発表された。これは技術としては素晴らしいものだが、利用できるのはまだ24都市(14年6月24日現在)にすぎない。全米100都市での整備が完了するのはなんと2年半も先の16年末としている。


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カンザスシティーにあるスプリントの旗艦店

 一方、シェア争いでトップを走る米ベライゾン・ワイヤレスは、スプリントのスパークと肩を並べる高速サービス「XLTE」を今年5月から全米44州の約240都市で開始し、高速通信競争で他社を突き放そうとしている。

 LTE戦略で後れをとったスプリントは、資金不足から他社のプランや価格競争に追従できなかった。逆に、AT&TやTモバイルUSが発表する廉価プランに加入者を奪われ、スプリントは赤字・契約者純減というトップ4社で「一人負け」の状態に追い込まれた。

 予測不可能だった要因も多く同情の余地はあるが、結果的にソフトバンク傘下に入ったスプリントは買収以前より経営が悪化した。そのことで、ソフトバンクの経営手腕に頭をひねる業界関係者もあらわれている。

■Tモバイルも満身創痍

 一方、TモバイルUSは少ない経営資源を最大限に利用して経営を伸ばしている。

 無線免許の所有が少ないTモバイルUSは12年春に、大都市だけに集中してLTEを整備する投資計画を立てた。その目標通り、14年夏すぎに全米約280都市で2億3000万人の人口カバーを達成しようとしている。

 13年末には新規株式発行で20億ドルを調達し、ベライゾン・ワイヤレスやAT&Tと免許購入やスワップ(取り換え)契約を進めて都市部で展開されるトップ2社とのスピード競争にも対抗している。

 とはいえ、絶好調に見えるTモバイルUSも決して経営が楽なわけではない。増加する顧客獲得のための販促経費は資金繰りを圧迫し、ネットワークの整備コストや無線免許の買収が資産を食いつぶしている。親会社ドイツテレコムによる支援があるとはいえTモバイルUSの台所は火の車だ。

 最近になって、そうした厳しい台所事情が表面化している。

 6月はじめに、TモバイルUSは15都市以上で音声通話およびデータ通信にトラブルを起こした。この通信障害は復旧に数日を要する大規模なものだった。ツイッターなどで提供された情報を見ると、その後も小規模の障害が発生しているようだが正確な障害理由を明らかにしていない。

 業界関係者は「急激な顧客の増加と利用制限の少ない廉価プランで、ネットワーク拡張が追いつかない状況に陥った」と推測している。

 また、7月2日には日本の公正取引委員会に当たる米連邦取引委員会(FTC)がアプリの不正請求問題でTモバイルUSを提訴した。これはユーザーが知らない間に携帯アプリが契約され自動的に料金を徴収していたというトラブル。日本の総務省にあたる監督官庁の米連邦通信委員会(FCC)もTモバイルUSへの捜査を開始した。


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人型ロボット「Pepper」をPRするソフトバンクの孫正義社長(右端)ら=共同

 TモバイルUSは「政府機関による不当な疑いだ」と反論するが、このアプリ不正請求トラブルは約2年前にベライゾンなどの大手で発生し批判を浴びたものと同じだ。そのときに関係事業者は再発防止策を講じている。そうした状況を同じ携帯大手であるTモバイルUSが知らないはずがない。「(資金繰りが厳しいので)知っていて無視したのではないか」との観測が飛び交っている。

 躍進を続けるTモバイルUSだが、実態は満身創痍(そうい)の経営といえる。

■買収までにはいくつもの壁

 TモバイルUSとスプリントが合併すれば、販売網やネットワークの統合などで約3000億円のコストがカットできると予想されている。

 だが、親会社を含めお互いに合意したとしても、実際の合併までに乗り越えなければならない課題も多い。最大の難関は米国政府による買収承認だ。

 そもそも13年にソフトバンクがスプリントを買収した際も、政府機関や機関投資家に「高い相乗効果」を訴え同社の再建にはソフトバンクが最良だと主張した。誤算はあったにせよ、政府関係者の間には「(Tモバイル買収に走る前に)約束通りソフトバンクはスプリントを再建すべきだ」という意見がある。

 政府が買収を承認するまでには一般に1年ほどの期間が必要となる。その後にネットワークの統合に着手するとなれば「(ネットワーク整備で)トップ2社との差は広がるばかり」との懸念もある。

 現時点で政府承認を得られる可能性について、投資分析会社のモフェット・ネザーソン・リサーチは10%程度と分析している。この見方は厳しすぎるとしても、政府の承認を得るのが相当の難関であることはよく分かる。

 仮に合併が認められたとしても、多くの地域で政府の基準値を上回る無線免許を所有する状態になる。過剰な周波数を売却することが買収承認の基本条件となるため、所有免許が拡大することによるメリットはあまり期待できない。

■両張りで交渉を進めるドイツテレコム

 こうした各種のデメリットが予想されることから、多くのアナリストはソフトバンクによるTモバイル買収の動きはリスクが高いと分析する。それでもTモバイルUSの親会社であるドイツテレコムがソフトバンクの交渉に応じるのはなぜだろうか。その狙いは巨額な違約金にある。

 政府機関の承認が取れず買収が失敗した場合、ソフトバンクはドイツテレコムに巨額の違約金を支払わなければならない。その額は2000億円前後と予測されている。以前にTモバイル買収に失敗したAT&Tはキャッシュや無線免許、長期ローミング契約など約4000億円相当の違約金を支払った。これがTモバイル復活の基礎となった。


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米スプリント買収について説明するソフトバンク社長の孫正義氏

 ドイツテレコムは政府の承認が得られた場合の対策にも怠りがない。

 ロイターなどの報道によれば、買収後の事業継続会社はスプリントではなくTモバイルUSになり、経営幹部もTモバイルUSのジョン・レジャー氏(最高経営責任者)などが居残る方向で話が進んでいるようだ。つまり、買収によって名前が消えるのはスプリント側で、経営もTモバイルUS側が主導権を握ることになる。ソフトバンクとしては身動きの取れなくなったスプリントから勢いのあるTモバイルUSに乗り換えるほうがメリットは大きいだろう。

■後に引けないソフトバンク

 また、ソフトバンクはドイツテレコムが所有するTモバイルUS株の約半分を購入することで交渉を進めているとも伝えられる。これが事実なら買収後もドイツテレコムがボードメンバーとして経営に関与することを意味する。ドイツテレコムは買収後に経営不振が深刻化したスプリントの二の舞いを懸念している。

 また、2015年に実施予定の携帯免許競売に応札する資金調達にもドイツテレコム・Tモバイル陣営は頭を抱えている。これは600メガヘルツのプラチナバンドと呼ばれる価値の高い電波帯の免許で、TモバイルUSが生き残るためには欠かせないといわれている。

 米ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、ソフトバンクが買収および自社債務肩代わりを狙った総額450億ドルの資金調達には、Tモバイルとスプリントによる競売応札資金100億ドルが含まれているという。

 こうした状況を総合的に考えると、ドイツテレコムは積極的にTモバイルUSの買収に応じているわけではなく、成功しても失敗しても損のない条件で交渉を進めているにすぎない。逆に、経営不振が深刻化するスプリントを抱えるソフトバンクとしては「TモバイルUSを買収」という起死回生のチャンスを狙っている。

 スプリント買収で始まったソフトバンクの米国進出は、いよいよ正念場に入ってきた。

小池良次(Ryoji Koike)

 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリストおよびリサーチャー。1988年に渡米、93年からフリーランスジャーナリストとして活動している。サンフランシスコ郊外在住。主な著書に「クラウド」(インプレスR&D)、「クラウドの未来」(講談社新書)、「NTTはどこへ行くのか」(講談社)など。


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