堤清二が晩年の吐露「父に愛されていたのは、私なんです」

堤清二が晩年の吐露「父に愛されていたのは、私なんです」
NEWSポストセブン2016.09.17 07:00

http://www.news-postseven.com/archives/20160917_445947.html

【書評】『堤清二 罪と業 最後の「告白」』(児玉博・著/文藝春秋/1400円+税)

『堤清二罪と業 最後の「告白」』 児玉博著(文藝春秋 1,512円税込)



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文藝春秋
児玉 博

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最後の「告白」 児玉博 文藝春秋発行年月:2016年07月27日 予約締切日:2016年07月25日


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商品基本情報
発売日: 2016年07月27日頃
著者/編集: 児玉博
出版社: 文藝春秋
サイズ: 単行本
ページ数: 190p
ISBNコード: 9784163904948

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
西武王国を築いた堤康次郎は強欲な実業家であると同時に、異常な好色家でもあった。翻弄される五人の妻、内妻と子どもたち。やがて、清二の弟、義明が父に代わり、暴君として家族の前に立ちふさがるー。人生の最晩年に堤清二の口から語られた言葉は、堤家崩壊の歴史であると同時にどうしようもない定めに向き合わねばならなかった堤家の人たちの物語であり、悲しい怨念と執着と愛の物語だった。2016年大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 父との約束
第2章 西武王国崩壊の予兆
第3章 母操と妹邦子 その愛と死
第4章 堤康次郎の遺訓
第5章 堕落した父
第6章 独裁者の「血脈」
第7章 清二と義明 宿命の兄弟

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
児玉博(コダマヒロシ)
1959年生まれ。大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。月刊「文藝春秋」や「日経ビジネス」などで発表するインサイドレポートに定評があり、2016年、第47回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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本作品は2016年、第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した月刊「文藝春秋」の連載『


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【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)

 一大企業グループを育て上げた経営者にして、華やかな受賞歴を誇る作家が、奥深い胸の内に抱えてきた感情をあまりに赤裸々に吐露する姿に、何度か息を飲んだ。

 本書は、2013年に亡くなった堤清二=辻井喬を、その死の前年にロングインタビューした内容をもとに、父・堤康次郎との愛憎や、異母弟・堤義明との確執などを描いたノンフィクションだ。

 1991年、清二は自らが育て上げたセゾングループの経営から手を引き、作家・辻井喬に専念した。だが、義明が康次郎から引き継いでいた西武鉄道グループが、2004年に総会屋への利益供与の発覚によって崩壊の危機に瀕すると、「堤家の人間」として再建に乗り出そうとし、銀行からきた経営陣や大株主となっていた海外ファンドと対立した。著者はそんな清二にインタビューを申し込む。テーマは明白だった〈辻井喬を再び堤清二へと突き動かしたものは何なのか〉。

 清二は康次郎の3番目の妻の長男として生まれたが、大学時代に共産党細胞として活動し、康次郎と絶縁した。グループの創設者にして衆議院議長にまで上り詰めた父は、商売の手法は強引で、異常に好色で、立ち居振る舞いは暴君そのもの。インテリの息子はそんな父を激しく憎悪したのだった。

 大学卒業後、肺結核に罹り、退院後は康次郎の秘書となったが、1964年に康次郎が亡くなったとき、その遺志によってグループを継承したのは義明だった。清二に与えられたのは赤字で倒産寸前の百貨店だった。そうした経緯や、その後セゾングループへと発展する道筋はよく知られている。

 著者のインタビューに対し、清二は意外な“物語”を語り始める。例えば、亡くなった実母の遺品を整理していて発見した、康次郎作成の古い公正証書にこう書かれていたと話す「全株式を長男、清二に譲る」と。別のインタビューのときには、まだ学生だった清二の将来を慮った康次郎が、清二の恩師に取り計らいを懇願した手紙を持参してきた。

 亡くなる前の康次郎がグループの後継者を義明にすることを清二に告げた場面については、まるで清二自らが後継を譲ったかのように説明した。そして、ついにこう語ったのである〈父に愛されていたのは、私なんです〉。

 その一方、義明をとことん見下し、軽侮する。「あの子」「子供」「凡庸」「愚鈍」「可哀想な人」「雨の中に放り出された子犬」……義明をそんな風に形容するのだ。

 だが、「康次郎が愛していたのは義明ではなく自分だ」というのは、清二の願望が紡いだ虚構の物語ではないだろうか。自らに死が近づきつつあることを意識したとき、そのような物語を作ることで自分の人生を完結させようとしたのではないだろうか。

 著者は物語が虚構であることはわかっているはずだが、清二を前にして物語を否定していない。きっとそれは、清二の「狂気」と「悲哀」に息を飲み、沈黙を強いられたからに違いない。

 書名に使われた「罪」と「業」の意味はさまざまに解釈できるだろう。自分が父に反抗したことが引き金となって、兄弟の確執が生まれ、父が築いたグループは崩壊した。そのことの「罪」。そうでありながら、いや、そうであるからこそ、父に愛されていたと思いたい息子としての「業」。著者が引き出した「罪」と「業」はあまりに深い。

※SAPIO2016年10月号

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