学友がついにすべてを書いた『知られざる天皇明仁』の中身  「世襲とは、嫌なものだね」

学友がついにすべてを書いた『知られざる天皇明仁』の中身
「世襲とは、嫌なものだね」

現代ビジネス2016年10月29日
週刊現代講談社

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50058


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誰もが抱く「温厚」「物静か」というイメージも、本書を読めば変わるかもしれない。天皇もときには悩み、怒り、そして友と笑い合う、一人の人間なのだ。40年の時を超え、ついに素顔が明らかになる。

「ひどくいやしい男だ」

担当編集者から、あの手記を刊行したいと連絡をもらったとき、驚いたんですよ。私の手元には原稿も掲載誌も残っていませんでしたから。

匿名記事ではありましたが、当時東宮侍従を務めていた重田保夫さんは、私が書いていると気づいていたようです。「いつまで書くんだ」とか「注意深くやってくれよ」とは言われましたが、その他は特に苦情もなく黙認してくれました。

もちろん本人からもお咎めはありません。宮内庁としても、「皇太子(今上天皇)の本当のお人柄が国民に伝わることは、決して悪いことではない」という思いがあったのではないでしょうか。

天皇の「ご学友」として知られる、ジャーナリストの橋本明氏。同氏が共同通信社社会部デスク、ジュネーブ支局長などを務めていた'77年~'80年に匿名で執筆した手記「知られざる皇太子」は、当時の皇太子、つまり今上天皇の人間性を、学習院の同級生の視点から赤裸々に描いて皇室関係者に衝撃を与えた。だが、連載媒体が少部数だったこともあり、広く一般に知られることはなかった。

連載開始から40年近い時が流れた今月、この記事を初めてまとめた『知られざる天皇明仁』(講談社)が刊行された。その中身を橋本氏のインタビューとあわせて公開する。


国民から見れば、天皇はとても柔和で優しい方です。しかし、あのお人柄は自然にできたわけではなく、ご本人の自覚と努力の賜物なのです。天皇も学生時代はごく普通の少年でしたし、みんなと一緒に大声で笑うこともあれば、先生に叱られることもありました。

〈中学一年生の一群が東宮仮寓所の外塀に沿って校舎の方角へ歩いている。鳥尾敬孝(編集部注・後のポリドール常務、故人)は何を思ったか一人飛び出し、先頭に走り、そして振り返った。(中略)

「素焼きの茶ぶた、素焼きの茶ぶた」

一群の真ん中にいて、正面向いて歩を進めていた皇太子は明らかに困惑していた。

「なんだい」と、幾度となくつぶやいた。鳥尾は囃し立てながら、説明を加えた。

「茶色いな、茶色いな、素焼きの茶ぶたそっくりだ。ヤーイヤイ」

仕方なく、皇太子は苦笑した。蚊取り線香をぶら下げる陶製の器を、だれもが頭に描いたようだった。反応の遅い笑いだったが、やがてはじけるような爆笑に変わった。このとき、皇太子に初めてあだ名が付いたのだった。「チャブ」。(中略)このころから仲間うちでは、この〝チャブ〟が皇太子の代名詞になった〉


私もそれから長年、天皇のことを「チャブ」と呼び続けていました。天皇は私のことを、田河水泡の漫画からとった「ハチ」と呼んでいましたね。


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中学時代には、天皇に悪さを咎められたこともありました。

〈井口道生(編集部注・後の米アルゴンヌ国立研究所名誉主任研究員、故人)と橋本明は小銭をかせぐ方法をいつも考えていた。井口の案で、文房具のブローカーをやることになった。二人は小遣いを全額出し合い、単語帳、鉛筆、消しゴム、物差しなどを買い集めた。校庭の樹木の下などで、二人は仕入れ値の二、三倍で生徒に売りつけた。(中略)

「ひどくいやしい男だ。彼の行為はとてもいやなものだ。しかし体育委員をしているところを見ると、長所もあるのかもしれない」―清水侍従から皇太子がこのように言っておられた、と聞いて、橋本はいささか衝撃を受けた〉


エロ雑誌をみんなで読んだ

高等科に進むと、私は先生たちから「皇太子に関するマスコミ取材の対応をお前に任せる」と言われ、スポークスマン役をやることになったのですが、個人的には「面倒だな」と思っていました。

何しろ、私は天皇と小学校1年生のときから一緒に過ごしているわけで、自分の生活がどんどん浸食されるような気がしたんです。私が学習院での学校生活をマスコミに話すと、天皇に「お前は僕のことをしゃべりすぎだ」と言われました。でも私は

「ちょっと待て。オレは自分のことをしゃべっているんだ。ずっと一緒にいるから、自分のことを話すと殿下のことをしゃべることになるんだ」と言い返しましたよ。

天皇には若い時から、頑固なところがあって、言い合いになることもしばしばでした。私が「皇太子というのは役目にすぎない。人間としては対等じゃないか」と怒ったこともありましたね。

今の天皇は非常に勉強家で、本当に頭が下がります。でも高校時代は、決して成績が飛び抜けていいわけでもなかった。手記の中で詳しく書いていますが、私が本人の求めで天皇を銀座に連れ出し、喫茶店に行った有名な「銀ブラ事件」は高等科3年生の時のことです。

同じ頃、こんな一件もありました。

〈伊藤教諭の休講でクラスの大半は試験勉強に精を出していた。皇太子と井口らはエロ雑誌を見つけ出し、むさぼるように読み始めた。ヌード写真に群らがっていた一団が散った後、皇太子が雑誌を独占した。(中略)「つまらないものだけど魅力的だね」と殿下は感想を述べた。小説を除いて全部読んだという。

その日の昼めし時、生殖における男女の行為という話題になった。いつごろから知るようになるか、とせんさくした後を継いで皇太子はこのように言った。

「ボクは二年の終わりに〝生命の科学〟を見て知ったよ。小説を読むと、わかってくるんだね。いやボクなどはエロ雑誌に恵まれてないものでね、だめなんだよ。ふふふ……(後略)」〉



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〔PHOTO〕gettyimages

「世襲はいやなものだね」

当時、天皇は馬術部主将に就任するほど馬術の腕前がさえていました。一方で、やはり悩みも多かったようです。あるとき、天皇に思いがけないことを言われて、驚いたことがあります。

〈林友春先生の社会の時間が淡々と進んでいる。憲法の講義であった。
中央付近に席を占めた明仁親王は隣席の橋本を見つめて、ふっと次の言葉を洩らした。

「世襲の職業はいやなものだね」。講義は天皇の項目を扱っていたのである。親王の表情に何かを読み取ろうとして、われ知らず狼狽した橋本の眼には、にこやかに微笑んでいるいつもながらの親王の姿が映った〉


天皇は少年時代、家庭教師だった米国人のエリザベス・ヴァイニング夫人に「将来何になるのですか」と問われ、「私は天皇になる」と答えたことがあったそうです。それ以来、「未来の天皇」という立場について常に考え、父である昭和天皇の背中を見つめながら、自らを律していたのだと思います。
私は手記の中でこう書いています。

〈この時期、同学年生の間で、皇太子ほど陰々滅々な男は他に見当たらなかった。老成して希望もなくくさり切っていた。正田美智子との出会いがこうした皇太子を根底から変えた。

電話を通じて積み重ねた会話の中で明仁親王は「どのような時でも公務が優先する」と信念を語っていたが、たった一回「家庭を持つまでは絶対死んではいけないと思った」、ポツリと漏らされた。悲痛な響き、籠められた寂しさの吐露こそ正田美智子の心を抉ったのだった〉


美智子さまとの出会いが天皇を変え、現在の天皇像につながる内面形成のきっかけになったことは間違いないでしょう。学友たちも、明るくなった天皇に接して「チャブが甦ったんだ」と喜んでいました。

当時、私はすでに共同通信の記者になっていました。実は天皇と美智子さまの婚約発表後、ある「スクープ」をきっかけに、私は天皇と数年間絶交することになります。ご成婚が決まった直後、昭和33年の暮れに行われた同窓会で、「恋愛結婚か否か」を本人に直接聞いたのです。

〈質問するには、この同窓会の機会を外してはあり得まいと、とっさに考えついた橋本は東宮の眼を見つめて、バカ丁寧な言葉遣いで質問した。

「殿下、はっきり答えていただきたいのですが、これは見合いですか。それとも恋愛ですか」(中略)「両性の合意に基づく結婚である。このことは国民に良く知ってもらいたい」―皇太子は昂然と言い切った。場内にホッとした空気が流れた〉


天皇が私を突き飛ばした

天皇と私は、公私の区別をかたく守るという「紳士協定」を結んでいました。しかし私は、天皇が激怒することを分かったうえで、これを破る決意を固めました。本人が

「国民に知ってもらいたい」と言う以上、報じるべきだと思ったのです。
私の原稿は翌日の朝刊に掲載され、その日のうちに私は東宮御所へ謝りに向かいました。
〈たまたま馬術部員多数が御所前に集合していた。シリにくっついて橋本は御所内に入った。(中略)にこやかに一人ひとりとあいさつを交わしていた皇太子は最後に入室した男を見て血相を変えた。

「なにしに来たっ」

「約束を破ったことを謝まりに来た」

およそその場に適わしくない感情の爆発に馬術部の全員が声を失ってたたずんだ。

「私の言ったことと違うことも書いてある……」。もう後は言葉にならなかった。ほぼ両腕で橋本の胸を激しく突いた。うなだれて、彼はよろめいた。よろめいたところを皇太子は踏み込んで室外に突き出し、荒々しくドアを締めた〉

それからしばらくして、ご成婚のお祝いの招待状が届いたので、訝しみつつも私は東宮御所へ向かいました。すると、天皇がまた「なにしに来たんだ」と怒るんです。私も「招待状を出したのはそっちじゃないか。来てほしくなければ出さなければいい」と言って、怒ってその場を去ってしまいました。数年後、山田康彦東宮侍従長の取りなしで、ようやく和解することができたのです。

以後、私は学友の中で唯一のジャーナリストとして、天皇と一種の協力関係をもつようになります。沖縄返還の直前、ある月刊誌から「皇太子のことを書いてくれ」と頼まれた時には、私は天皇に「インタビュー記事にできないか」と持ちかけました。

すると天皇は「ちょっと待って」と言って、大きな紙に10人ほどの関係者の名前を書いていったんです。「この人たちに取材してくれ。そうすれば、沖縄に対する僕の気持ちがわかるはずだ」と。天皇には自分の意見を言う手段がありませんから、こうして私に思いを託したのでしょう。

その天皇が、「生前退位」の意向を表明しました。高校生のころ、天皇が私に語った「世襲の職業はいやなものだね」という言葉を今思い出すと、天皇はあの時から「職業としての天皇」という考えを持っていたのだと感じます。死ぬまで引退できないというのは、人間性の否定につながる―そんな思いを抱いていたのではないでしょうか。

天皇はいま、国民にどう考えてほしいと思っているのか。天皇が何に悩み、葛藤しているのか。議論を深めるうえで、本書がその一助になればと思います。


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はしもと・あきら/'33年生まれ。'40年に学習院初等科に入学、同大学卒業まで今上天皇の「ご学友」として身近に接する。共同通信社ではロサンゼルス支局長、顧問などを歴任。著書に『美智子さまの恋文』他

「週刊現代」2016年10月29日号より

「知られざる天皇明仁」 橋本 明著(講談社 1,998円税込)


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【内容情報】(出版社より)
「ご学友」が見た、悩み多き天皇の青春の日々が甦る。
仲間に「チャブ」と呼ばれ、「世襲の職業はいやなものだね」と自らの将来を嘆く。同級生と猥談に興じながら、「一生、結婚できないのかもしれない」と漏らす。ミッチーブームに際しては誹謗中傷も受けた美智子さまを守り、両親と離ればなれだった幼少期から、家庭を作ることを願うーー。
将来の天皇という、あらかじめ定められた運命のなかで、青年・明仁皇太子は何を学び、どう成長していったのか。
「生前退位」問題に揺れる今、人間・天皇の姿に迫る。
第一章 父と子
第二章 学習院初・中等科時代
第三章 学習院高等科ーー青年・皇太子の悩み
第四章 「立太子礼」を経て
第五章 世紀のご成婚ブーム
第六章 沖縄への想い
第七章 開かれた皇室に向けて


知られざる天皇明仁
講談社
2016-10-28
橋本明

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橋本 明 講談社発行年月:2016年10月12日 予約締切日:2016年10月11日 ページ数:29


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商品基本情報
発売日: 2016年10月12日
著者/編集: 橋本 明
出版社: 講談社
サイズ: 単行本
ページ数: 298p
ISBNコード: 9784062203012

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「世襲の職業はいやなものだね」天皇になるために生まれてくるのは、かくも過酷なことだったのか。学友が今上天皇の人間性を綴った「幻の第一級史料」を初書籍化!

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 父と子
第2章 学習院初・中等科時代
第3章 学習院高等科ー青年・皇太子の悩み
第4章 「立太子礼」を経て
第5章 世紀のご成婚ブーム
第6章 沖縄への想い
第7章 開かれた皇室に向けて

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
橋本明(ハシモトアキラ)
昭和8(1933)年、横浜市生まれ。ジャーナリスト。昭和15年に学習院初等科に入学、以後、31年に学習院大学政経学部を卒業するまで、今上天皇の「ご学友」として身近に接する。大学卒業後は共同通信社入社。社会部次長、外信部次長、ジュネーブ支局長、ロサンゼルス支局長、国際局次長、役員待遇、顧問などを歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

電子書籍


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