沢木耕太郎『春に散る』年配女性に異例の反響となった理由

沢木耕太郎『春に散る』年配女性に異例の反響となった理由
(更新 dot.asahi.com2017/1/29 11:30)

https://dot.asahi.com/wa/2017012600172.html


画像

沢木耕太郎(さわき・こうたろう)/1947年、東京都生まれ。作家。『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、『凍』で講談社ノンフィクション賞受賞。ほかの著書に『流星ひとつ』など。(撮影/写真部・松永卓也)


画像

春に散る 上下
沢木耕太郎著
定価: 1,728円(税込)
978-4022514417


 2015年4月から16年8月まで朝日新聞に連載され、大きな話題を呼んだ作家・沢木耕太郎の小説『春に散る』が、改稿・加筆を経て、昨年の大みそかに単行本として刊行された。プロボクサー・カシアス内藤の再起を描いたノンフィクション『一瞬の夏』以来、35年ぶりの新聞連載でもあったこの作品について、著者に聞いた──。

──新聞連載と普段の執筆活動との違いは?

連載中は、原稿を書き、推敲し、1日分ずつ区切って提出し、それを紙面で読み、また書くということの繰り返し。書き始めから連載を終え、さらに原稿に手を入れ、整理をして単行本にするまで3年ほどかかりましたが、その間、この小説の世界に浸り切るわけです。いわば自分が小説の世界で生きているわけで、そんなことが許されるのは、文章を書く人間にとって本当に幸せなことだと思いますね。

──本作は、『一瞬の夏』と呼応するところがあるように思います。

 ある意味ではそうです。内容について『一瞬の夏』やカシアス内藤くんを意識したことはないですが、ともにボクシングがテーマだし、タイトルがそれぞれ夏と春でしょう。そして『一瞬の夏』は、ぼくとカシアス内藤の夏から次の夏までの1年間を、『春に散る』では、主人公の元ボクサー・広岡仁一の春から春までの1年間を、だいたい1年ぐらいかけて連載しています。

──ノンフィクションと小説という違いはありますね。

『一瞬の夏』では、書くときにはすべてが終わっていた。確定した事実をノンフィクションとしてどう整理していくかだけが問題でした。だけど本作は小説ですから、書いていく過程で内容が変化していかざるをえない。その変化を、ある種の自由さを持って楽しみつつ、書きました。

──主人公は60歳代半ばで、作者と同世代です。

自分と非常に近い年齢にしたために、物語が自由になっていきました。広岡は、ぼくがこうありたいと思うような人物。小説の骨格だけは決まっていましたが、そのなかで、ぼくが望むように変化していくストーリーを、自分の理想に近い主人公に生きてもらったんです。

──骨格というのは?

キーウェストに向かうハイウェーを友人とドライブしているとき、「長くアメリカに住み、心臓に病を抱えた元ボクサーが、日本にふと帰ろうと思う」というストーリーがふわっと頭に浮かんだんです。始まりは青い海を一直線に走るハイウェー。そして終わりは、多摩川近くの水路に広がる満開の桜並木。紺碧の始発点から桜色の終着点までの1年間を歩いていく、元ボクサーの人生の在り方、ということです。

──日本に戻った広岡は、元ボクサーのための「老人ホーム」をつくります。

ヨーロッパの音楽家のための老人ホームを舞台にした映画がありました。それを見て、ボクサーだったらどうだろうと思った。音楽家は貴族的な家を借りて晩年を過ごすわけですが、元ボクサーは大抵お金もないし、どうするだろう、とね。そのアイデアがこの作品と結びつきました。

──集まるのは、引退後の人生をうまく生きられなかったかつてのボクサー仲間ですね。

広岡を含め、全員が期待されつつも世界チャンピオンになれなかった元ボクサーです。世界チャンピオンになれた人となれなかった人では決定的に違う。運だけでなく、何か足りないものがあったわけです。「何が足りなかったのか」というのは、ぼくにとって重要なテーマなんですよ。

──その4人が、若いボクサー黒木翔吾と出会い、それぞれの思いを託し、技術を教え込んでいきます。

ぼくは文章を書く人間として、同業の若い人たちに何かを手渡していくことをしてこなかった。大学の先生になってほしいという話も断った。今さら拘束されたくないですからね。一人で自由に生きることを望み、そのために努力し、実際にすべてのことを一人でやって生きてきたんですよ。でもどこかで、自分より下の世代に何かを伝えていかなかったことに対する罪悪感がある。だから代わりに作品内で彼らにそれをやってもらっていると言えなくもないですね。

──広岡も、「自由になるため」にリングに立ったボクサーです。

一人で生きることで自由を手に入れたけど、でもそれでどうなの?という問いが、ぼく自身のなかにあります。本作でも、広岡に若い黒木がこう問うんですよ。「自由の向こうには何があるんでしょう」と。

──連載中の読者からの反響は異例のものだったそうですね。

特にご年配の女性からの手紙が多かったです。いずれも達筆でね。「この主人公は、私の亡くなった主人によく似てます」なんて書いてあったり。便箋にしたためられた長い手紙は、一通一通感動的でしたよ。ボクシングにはほとんど興味のないような年配の女性たちが共感して読んでくれたことには、とても励まされました。

──なぜ共感を呼んだのでしょう。

 年配の方々が共感を持って読むことができる主人公が出てくるような新聞小説が、いままであまりなかったんじゃないか、という気もしています。小説では年配の登場人物が類型的に扱われがちですが、この作品は「初老の」という言葉でひとくくりにされそうな人たちの、それぞれの「個」を、肯定的に取り上げた。それが共感につながったのかもしれません。

──連載の挿絵や単行本の装画を描いた中田春彌(はるひさ)の絵もとても印象的でした。

井上陽水と話していたとき、彼が「若い人に助けてもらっているような気がするよなぁ」なんて言ったんですよ。ぼくも中田さんに対して同じ思いですね。中田さんはいわば作中の黒木翔吾のような存在で、ぼくよりはるかに若い漫画家ですが、読者が小説世界に入っていくのに、彼の絵には本当に助けられたと思っています。「一人でやってきた」なんて偉そうに言ったけど、今回、初めて若い人に助けられたな、と感じているんです。

※週刊朝日 2017年2月3日号

「春に散る 上・下」 沢木耕太郎著(朝日新聞出版 各1,728円税込)

「春に散る 上」 沢木耕太郎著(朝日新聞出版 1,728円税込)


画像


著者が半生をかけて追い続けるボクシング。そのすべてを込めた感動巨編! アメリカから40年ぶりに帰国した広岡は、かつて共にボクシングの世界チャンプを目指した仲間3人と再会する。共同生活を始めた4人が出会ったものとは──。

春に散る 上巻 目次予定
序章 ルート1
第一章 薄紫の闇を抜けて
第二章 四天王
第三章 壁の向こう
第四章 鳥海山
第五章 クロッシング〈交差点〉
第六章 昔をなぞる
第七章 雨
第八章 白い家
第九章 帰還
第十章 いつかどこかで (下巻へつづく)

【内容情報】(出版社より)
【文学/日本文学小説】著者が半生をかけて追い続けるボクシング。そのすべてを込めた感動巨編! アメリカから40年ぶりに帰国した広岡は、かつて共にボクシングの世界チャンプを目指した仲間3人と再会する。共同生活を始めた4人が出会ったものとは──。


春に散る 上
朝日新聞出版
2016-12-31
沢木耕太郎

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 春に散る  上 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



春に散る 上 [ 沢木耕太郎 ]
楽天ブックス
沢木耕太郎 朝日新聞出版発行年月:2016年12月31日 予約締切日:2016年12月27日 サイズ


楽天市場 by 春に散る 上 [ 沢木耕太郎 ] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


商品基本情報
発売日: 2016年12月31日
著者/編集: 沢木耕太郎
出版社: 朝日新聞出版
サイズ: 単行本
ISBNコード: 9784022514417

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
四十年ぶりにアメリカから帰国した一人の男。かつてボクシングの世界で共に頂点を目指した仲間と再会してー。俺たちにはまだ、やり残したことがある。朝日新聞連載の長編小説書籍化!

「春に散る 下」 沢木耕太郎著(朝日新聞出版 1,728円税込)


画像


残された人生で何が成せるか? 夢を見るときに人は強くなる──。4人のもとに現れた、才能あふれる若きボクサー・翔吾にボクシングを教え始めた4人は、いつしか彼に世界チャンプの夢を託すようになる。著者渾身、現時点での集大成たる一冊!

【内容情報】(出版社より)
【文学/日本文学小説】残された人生で何が成せるか? 夢を見るときに人は強くなる──。4人のもとに現れた、才能あふれる若きボクサー・翔吾にボクシングを教え始めた4人は、いつしか彼に世界チャンプの夢を託すようになる。著者渾身、現時点での集大成たる一冊!


春に散る 下
朝日新聞出版
2016-12-31
沢木耕太郎

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 春に散る  下 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



春に散る 下 [ 沢木耕太郎 ]
楽天ブックス
沢木耕太郎 朝日新聞出版発行年月:2016年12月31日 予約締切日:2016年12月27日 サイズ


楽天市場 by 春に散る 下 [ 沢木耕太郎 ] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


商品基本情報
発売日: 2016年12月31日
著者/編集: 沢木耕太郎
出版社: 朝日新聞出版
サイズ: 単行本
ISBNコード: 9784022514424

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
男たちのもとへ現れた若きボクサー。才能あふれる彼に、いったい何を手渡してやれるだろう?叶わなかった夢の続きを、おまえに託す。人生の終盤にたどり着く「幸せ」のかたちを問う感動巨編!

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0